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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)4611号 判決 1983年1月27日

原告

杉山玉子こと宋玉子

ほか三名

被告

舩木政弘

ほか一名

主文

一  被告舩木政弘は、原告宋玉子に対し、七五〇万一七五八円及びこれに対する昭和五四年八月一三日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、同李鮮一に対し、七六〇万一七五八円及びこれに対する同日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、同李順姫及び同李英美それぞれに対し、五〇六万七八三八円及びこれに対する同日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告舩木政弘に対するその余の請求並びに被告新東宝自動車株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告らと被告舩木政弘との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告らの、その二を同被告の負担とし、原告らと被告新東宝自動車株式会社との間に生じた分は、原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら代理人は、「(一)被告らは各自、原告宋玉子に対し、一四〇四万八六九三円及びこれに対する昭和五四年八月一三日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告宋鮮一、同李順姫及び同李英美それぞれに対し、七五七万四三四六円及びこれに対する同日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら代理人らは、それぞれ、「(一)原告らの請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告ら代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

亡杉山こと李勝彦(本名李京熙、以下「勝彦」という。)は、昭和五四年八月一二日午前八時頃(晴天)足踏二輪自転車(以下「被害自転車」という。)を運転して道路名称大阪八尾線の大阪府東大阪市寿町三丁目一〇番先道路(以下「本件道路」という。)を東から西へ進行していたところ、後方から進行してきた被告舩木政弘(以下「被告舩木」という。)運転の普通貨物自動車(登録番号六大阪ゆ八〇三〇号。以下「加害車」という。)に真後ろから追突されて進路前方に跳ね飛ばされ、同日午後七時一二分、頭蓋骨々折、頭蓋底骨折等の傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告舩木

(1) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告舩木は、加害車を保有していた。

(2) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告舩木は、加害車を運転して本件道路を西進するにあたり、進路前方を注視して交通の安全を確認する義務を怠り、過労のため居眠りをした状態で加害車を運転した過失により本件事故を惹起した。

(二) 被告新東宝自動車株式会社

運行供用者責任(自賠法三条)、使用者責任(民法七一五条)

被告新東宝自動車株式会社(以下「被告会社」という。)は、タクシー事業を営む株式会社であり、本件事故は、被告会社がタクシー運転手として雇用している被告舩木が被告会社での勤務を終えた後、日頃通勤に利用している自己所有の加害車を運転して自宅に戻る途中に惹起したものではあるけれども、被告会社では、業務の性質上、従業員の出退勤時刻が深夜や早暁にわたるために鉄道やバスを利用して出退勤することが困難であることを考慮し、従業員が出退勤に際し、マイカーを利用することを容認する一方、マイカー利用の従業員には、駐車場所を用意し、駐車場所利用資格を証明するワツペンを交付していたうえ、交通費名下にガソリン代を支給していたもので、加害車を利用して通勤していた被告舩木に対しても同様に右ワツペンを交付し、ガソリン代を支給してその通勤の便をはかつていた。

このような事情からみると、被告舩木による加害車の退勤途上の運行についても、被告会社に運行支配と運行利益の帰属とが認められ、また、右運行は、被告会社の業務遂行と密接な関連があるから、被告会社には、本件事故に関し、自賠法三条及び民法七一五条により、原告らの損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 勝彦の損害

(1) 逸失利益 三八一七万一〇九九円

勝彦は、事故当時四一歳の健全な男子で、昭和五三年度には三三二万九四七五円の年収があり、本件事故で死亡しなければ満六七歳までなお二六年間就労することが可能であり、また、その生活費は収入の三割と考えられるから、同人の死亡による逸失利益は、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の時価を求めると、右金額となる。

(算式)

三三二万九四七五×〇・七×一六・三七八=三八一七万一〇九九

(2) 慰藉料 一四九〇万円

本件事故により、一瞬のうちに生命を奪われるに至つた勝彦の精神的苦痛を慰藉するには、少なくとも一四九〇万円が相当である。

(3) 相続

勝彦の相続人は、妻である原告玉子、子である同鮮一、同順姫、同英美の四名のみであるところ、被相続人の国籍は、大韓民国であるから、原告らは、勝彦の右逸失利益及び慰藉料に相当する損害賠償請求権を、大韓民国民法一〇〇九条三項に規定されている法定相続分に従い相続により取得した。したがつて、原告玉子の相続分は二一二二万八四三九円、その余の原告各自の相続分はそれぞれ一〇六一万四二一九円である。

(二) 原告ら固有の損害

(1) 治療費 原告玉子 二〇万五七六〇円

原告玉子は、勝彦の本件事故による傷害の治療費として、二〇万五七六〇円を支出した。

(2) 葬儀費 原告玉子 五〇万円

原告玉子は、勝彦の葬儀を行い、五〇万円を支出した。

(3) 弁護士費用 原告ら 各一〇〇万円

原告らは、被告らに対する本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任し、その報酬として、各原告につき一〇〇万円ずつを要した。

(三) 損害の填補

原告玉子は、被告舩木より、本件事故による損害金の内金として八〇万五七六〇円の支払を受け、右損害に充当した。

また、原告らは、本件事故に関し、株式会社住友海上火災より二〇一九万九三六六円の支払を受けたので、これを大韓民国法一〇〇九条三項に規定されている法定相続分と同じ割合に分けたうえ、右各損害に充当した。したがつて、原告玉子の債権には、八〇七万九七四六円、その余の原告らそれぞれの債権には各四〇三万九八七三円が充てられた。

4  よつて、原告宋玉子は、被告ら各自に対し、右3の(一)及び(二)の合計額二二九三万四一九九円から、同(三)の合計八八八万五五〇六円を控除した残額一四〇四万八六九三円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年八月一三日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告李鮮一、同李順姫及び同李英美は、それぞれ、被告ら各自に対し、右3の(一)及び(二)の合計額一一六一万四二一九円から、同(三)の四〇三万九八七三円を控除した残額七五七万四三四六円及びこれに対する同日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告舩木代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求原因1記載の事実のうち、勝彦が死亡した事実は認め、その余の事実は争う。

2  請求原因2の(一)の(1)記載の点は認め、同(2)記載の点は争う。

3  請求原因3の(一)記載の事実のうち、勝彦が韓国人であること、原告玉子が勝彦の妻であり、その余の原告らが、勝彦と原告玉子間の実子であること、勝彦には他に直系卑属がいないことは認めるが、その余は争う。なお、原告らは、雅幸の逸失利益の算定にあたり、雅幸がタクシー運転手として稼働していた昭和五三年度の収入を基礎としているけれども、勝彦は、本件事故当時東大阪市大平寺所在の朝鮮第二初級学校に事務員として勤務していたのであるから、勝彦の逸失利益の算定については、本件事故当時の勝彦の収入を基礎とすべきで、昭和五三年度の勝彦の収入を基礎とするのは妥当でない。

4  請求原因3の(二)記載の事実のうち、(1)及び(2)の各事実は認め、その余は争う。

5  請求原因3の(三)記載の事実のうち、原告玉子が、被告舩木より、本件事故による損害金の内金として八〇万五七六〇円の支払を受けた事実及び、原告らが、本件事故に関し、株式会社住友海上火災より二〇一九万九三六六円の支払を受けた事実は認める。

三  被告会社代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求原因1記載の事実のうち、勝彦が死亡した事実は認め、その余の事実は知らない。

2  請求原因2の(二)記載の事実のうち、被告会社がタクシー事業を営み、被告舩木をタクシー運転手として雇用していること、被告舩木が加害車を所有し、通勤のために利用していたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告会社は、かねてより、従業員に対して自家用車による通勤をしないように指導しており、自家用車による通勤を許容したことはない。なお、被告会社では、被告会社において賃借している駐車場を、賃借料の実費に相当する駐車料(一か月当たり二〇〇〇円)を徴収したうえで、自家用車による通勤を希望する従業員に使用させているが、これは被告会社が従業員の自家用車による通勤を容認する趣旨ではなく、自家用車を利用して出勤した従業員が路上や被告会社構内に自動車を駐車させることによつて、近隣に迷惑を及ぼしたり、被告会社の業務に支障をきたすことを避けるためにやむを得ず行つているものである。被告会社が、右駐車場を利用する従業員に対してワツペンを交付しているのも、駐車場の貸主からの、駐車契約車両判別のための措置を措るようにとの要請に応じて行つた措置に過ぎない。また、被告会社では、従業員に対する交通費(通勤手当)の支給については、給与規程により、電車、バス、自動車、自転車、徒歩などの通勤態様の如何を問わず、全従業員に対して、一律に、一乗務三〇〇円の割合(一か月皆勤の場合三九〇〇円)で支給しており、ガソリン代その他名目の如何を問わず、自家用車を利用して通勤する従業員に対して特別に手当を支給している事実はない。

ところで、被告会社では、従業員に対して自家用車による通勤をしないように指導する一方、深夜に勤務を終え、朝方鉄道やバスを利用して退勤する従業員のための仮眠施設(二〇ベツド)、浴場、食事のための設備を設けており、鉄道やバスを利用して通勤する従業員のための充分な配慮をしているのであつて、被告舩木において自家用車を利用して通勤しなければならない必要性はなかつた。また、加害車は、専ら被告舩木の通勤のためにのみ使用され、被告会社の業務のために使用されたことはない。

したがつて、被告会社には、本件事故に関し、自賠法三条、または民法七一五条により、原告らの損害を賠償する義務はない。

3  請求原因3記載の事実は知らない。

四  被告舩木代理人は、抗弁として、次のとおり述べた。

本件事故の発生については、勝彦にも、被害自転車を運転して本件道路を進行するにあたり、道路交通法一九条に違反して原告玉子の運転する自転車を並進する形となり、本件道路西行第一車線の車線中央を後続車両に注意を払うことなく進行した過失があるから、原告らの損害額の算定にあたつては、過失相殺がなされるべきである。

五  原告ら代理人は、右抗弁を争う、と述べた。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故発生の状況について

請求原因1記載の事実のうち、勝彦が死亡した事実は当事者間に争いがない。右争いのない事実に成立に争いのない甲第四ないし第六号証、第八ないし第一一号証、被告舩木政弘本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、大阪府東大阪市の南西部をほぼ東西に通じる歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の本件道路上であること、現場付近の右道路は、平たんかつ前方の見通しの良い直線道路で、車道は、白色の二本の実線のセンターライン(その中間には道路鋲が設置されている。)により東西各行車線に区分され、さらに東西各行車線は境界線により幅員二・七五メートルの第一車線(歩道側)と幅員三・〇メートルの第二車線(中央線側)とにそれぞれ分けられ、西行車線の外側線と道路南側の歩道側壁との間隔は約〇・五メートルであること、現場付近の本件道路の最高速度は時速四〇キロメートルに制限され、昼夜間を通じて駐車禁止の交通規制がなされていること、事故当時、晴天で、路面は乾燥しており、また、西行車線の自動車の通行量は比較的少なかつたこと。

2  被告舩木は、被告会社での勤務を終えて自宅に帰るために、加害車を運転して本件道路の西行第一車線を時速約五〇キロメートルの速度で西進して事故現場の手前約一一〇メートルの地点に差しかかつた際、道路前方約七〇メートルの西行第一車線南寄りを並進している、被害自転車と原告玉子運転の足踏自転車を認めたこと、しかし、同被告は、折から眠気を催し、仮眠状態に陥つたため、前方注視を欠いたまま前記速度で約四五メートル進行して、事故現場の手前約六・八メートルに至つたとき、ようやく目覚め、自車前方約六メートルの至近に、被害自転車が進行しているのに気付き、あわててブレーキを踏むと同時にハンドルを右に切つたが、その効果の現われないまま、自車左前部を勝彦運転の右被害自転車の後部に激突させ、その衝撃で勝彦を約一五メートル前方に跳ね飛ばし、加害車は、なお、衝突地点より約一五メートル西方の西行第二車線上に進行してようやく停車したこと。

3  勝彦は、妻の原告玉子と次女の原告英美と共に足踏自転車で近所の喫茶店へ出かけるために、原告宋玉子が後部荷台に原告英美を乗せた足踏自転車を運転して本件道路西行車線の左端部分を進行し、勝彦の被害自転車がその右側の西行第一車線上を原告玉子運転の自転車とほぼ並進する形で西進していたところ、前記2の状況下で、加害車に背後から激突されたが、その際、被害自転車と南側歩道側壁との間隔は約一・八メートルであつたこと、勝彦は、右衝突により路上に叩きつけられるように転倒し、その衝撃により頭蓋底骨折、脳挫傷の傷害を負い、事故当日の午後七時一二分、大阪府東大阪市内の病院で右傷害により死亡したこと。

以上の事実が認められ、甲第二号証の被告舩木の供述記載、被告舩木政弘本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、前記甲第九号証、同第一一号証と比照してにわかに信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因について

1  被告舩木の責任

請求原因2の(一)の(1)記載の点は、当事者間に争いがない。

したがつて、被告舩木は、その余の点について判断するまでもなく、自賠法三条により、原告らが被つた後記損害を賠償する責任がある。

2  被告会社の責任

(一)  請求原因2の(二)の記載の事実のうち、被告会社がタクシー事業を営み、被告舩木をタクシー運転手として雇用していたこと、同被告が加害車を所有し、通勤のために利用していたことは当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、前記甲第九ないし第一一号証、成立に争いのない同第七号証、証人北井義孝の証言により成立の認められる丙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし九、同第三ないし第五号証、同第六号証の一ないし一一、同第七、第八号証、証人北井義孝の証言、被告舩木政弘本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。

(1) 被告会社は、一般乗用旅客自動車運送業(タクシー事業)を目的とし、八尾市渋川町に営業所を有する株式会社で、本件事故当時被告舩木をはじめとして八五、六名の従業員を雇用し、営業用車(タクシー)四〇台を有していたこと。

(2) 被告会社におけるタクシー乗務員の勤務体制は、本件事故当時、就業規則第九条(三)の(1)に規定されている「一三勤」と称せられる隔日勤務「一三回乗り」(拘束一九時間、休憩三時間、実働一六時間、隔日、一か月一三回勤務)によつていたこと、また、乗務員の勤務は、早番と遅番とがあり、その勤務時間は、早番の場合、始業時刻は午前八時、終業時刻は翌日の午前三時、遅番の場合、始業時刻は午前一〇時、終業時刻は翌日の午前五時とされていたこと、そして、当時被告会社では、乗務員を早番組と遅番組に二分しており、被告舩木は、早番組に属していたこと。

(3) 本件事故当時、被告会社の従業員の通勤方法は、ほぼ半数が自家用車を用い、残りの者は、徒歩、自転車のほか、電車、バス等の通常の輸送機関を利用していたこと、被告会社は、乗務員、とりわけ早番組の場合、終業時間が深夜になる関係で、その利用に供するため、食堂(常時開いている。)、入浴施設を設けていたほか、二段ベツトの形で四〇のベツトを有する仮眠室を置いていたこと、食堂、入浴施設は、かなりの乗務員が利用していたし、仮眠室についても、これを利用して、終業時刻(午前三時)から電車、バス等交通機関の始発時(午前五時すぎ)までをすごす者も七、八名程度いたこと(なお、被告会社の営業所は、近鉄八尾駅に徒歩一〇分程度の距離にある。)。

(4) ところで、自家用車で通勤する従業員は、従前、勤務時間中は、自家用車を営業所内に駐車させることが多かつたため、営業用車の出入庫を阻害する等被告会社の業務にも支障を来すようになり、昭和五三年夏ごろより、被告会社としても、自家用車による通退勤を控えるよう指導に乗り出したこと、ところが、その後も、自家用車で通勤する者が多く、しかも、営業所構内での駐車を禁止された関係から、付近路上に不法駐車する者もいて、近隣住民からも苦情が出、さらに警察からも注意を受けるようになつたこと、被告会社としては、自家用車通勤自粛と前記仮眠室の利用を求めたが、そうかといつて、手軽に身近なものとして車を利用する従業員に強い姿勢で臨むこともできず、結局、業務の円満な遂行と外部からの非難に対応する必要に迫られ、従業員に各自駐車場所を確保するよう求め、さらには、各従業員が低廉な費用で適当な駐車場所を確保することは容易ではなく、かえつて、被告会社の従業員が被告会社の営業所近辺に空地を所有する地主と交渉した結果、地主の方から、賃貸借契約解約時の地主側の便宜等の点から、被告会社の従業員に対して個別に右空地を賃貸する方法よりも、一括して被告会社に対して賃貸する方法を希望する旨の申し出があつたため、昭和五三年一二月、被告会社が右空地の一部を自家用車で通勤する従業員のための駐車場として賃借することになつたこと、もつとも、被告会社としては、駐車場の賃借料は同駐車場を利用する従業員に金額を負担させて被告会社からは補助をしないこととし、また、賃貸借契約は、地主と被告会社と駐車場を利用する被告会社の従業員との三者の間で締結されたが、右契約においては、賃貸借契約書第六項で、地主において土地を必要とするときは被告会社に対して解約の申入れをすれば足りることにして地主側の便宜を図る一方、賃借料については、同第七項で、駐車場を利用する乗務員が一か月当たり支払うべき金額のみを定め、被告会社の賃借料支払義務を定めなかつたこと、右駐車場には約二〇台の自動車を駐車させることが可能であつたが、その利用については、一つの駐車場所を二人のタクシー乗務員が使用することとし、勤務を交代する際に駐車車両を入れ替える形をとり、右駐車場を利用する被告会社従業員は、毎月給料日に駐車場賃借料として二〇〇〇円を被告会社に支払い、被告会社においてこれをまとめて地主に支払うことにしたこと、また、被告会社では、右駐車場の地主からの要請により、契約車と非契約車との判別を容易にすることによつて契約車以外の自動車の不法駐車を防止する目的で、右駐車場を利用する従業員に対し、「新東宝」と記されたワツペンを交付し、通勤用の自動車に貼り付けるように指示していたこと、

このように、被告会社としては、自家用車を通勤に用いることを暗黙のうちに認めざるを得なくなつて、その結果、駐車場の貸借に地主側の要望もあつて関与する状況になつてはいるものの、乗務員を含む従業員に対し、通勤用に自家用車を使用するよう指示あるいは勧めたようなことはなく、加害車は勿論従業員所有車を同社の営業その他の社用に用いたことは、皆無であつたこと。

(5) また、被告会社では、タクシー乗務員に対する通勤手当の支給に関しては、乗務員給与規定に従い、通勤方法の如何を問わず、出勤回数を基準にして一律に支給することになつており、本件事故当時は昭和五四年五月二一日実施された乗務員給与規定により、一乗務につき三〇〇円、一か月一三回勤務した乗務員には三九〇〇円が支給されていたこと(したがつて、右手当の支給は、実質的にみると、乗務員の出勤に比例して給付されるものであるから、精励を奨励する性格を有するものといえる。)。

(6) 被告舩木は、昭和五四年四月にタクシー乗務員として被告会社に入社したものであるが、入社の際に自家用車による通勤を希望したところ、被告会社が賃借している前記駐車場の利用を認められ、被告会社より右駐車場の利用資格を証する前記ワツペンの交付を受け、駐車料として一か月二〇〇〇円を支払つてきたこと、被告舩木の自宅は、被告会社から自動車で約三〇分程度の距離にあつたが、電車を利用して被告会社に出勤することも可能であつたこと、しかしながら、被告舩木は早番で勤務を終えた後、被告会社の仮眠施設を利用するよりも早く帰宅して自宅での休養を望み、自家用車での通勤を継続し、本件事故当時までに被告会社の仮眠施設を利用したことはなかつたこと。

(7) 被告舩木は、事故の前日である昭和五四年八月一一日の午前八時ころから早番の勤務に就いたが、翌一二日の午前二時三〇分ころ、早番の営業を終える直前に大阪市南区内で大阪府河内長野市方面へ向かう乗客を乗車させたため、被告会社の営業所の車庫に入庫するのが所定の入庫時刻より約二時間近く遅れ、午前四時二〇分ころになつたこと、その後、終業の手続や営業車の洗車等を済ませた後、運動服に着替え、午前五時三〇分ころから約一時間三〇分程度、労働組合が自主的に運営しているソフトボール部の練習に参加し、午前七時三〇分ころに被告会社に戻つたこと、そして、午前七時五〇分ころ加害車を運転して被告会社を出発し、自宅に帰る途中に本件事故を惹起したこと、なお、被告舩木はソフトボール部員ではなかつたけれども、公休日の前日などには自発的にソフトボール部の練習に参加していたもので、本件事故当日は公休日の前日で、約一〇名の従業員が練習に参加したこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によると、本件事故は、被告会社従業員がその運転する自家用車により退勤途中、惹起したものであると認められるところ、被告会社では、被告舩木の属する早番組の正規の終業時刻は午前三時とされていて、その時間帯では、通常の輸送機関(電車、バス等)は動いていないことが認められるけれども、そのような乗務員のために、仮眠室(早番に従事する者全員を収容する能力がある。)のほか、前記認定のとおりの諸施設が整備されていたうえ、現実にこれを利用して電車等で通勤していた者もいたことが認められるのであつて、勤務時間のみの関係から自家用車を通退勤に使用しなければならないような状況にあつたとはいい難いし、また、被告会社では、自家用車駐車場の貸借に関与していたことが認められるとはいうものの、このことは、専ら営業を阻害する駐車と周辺路上での不法駐車を除去する目的からなされたもので、被告会社自体、何ら実質的、経済的に関つているものではないことは明らかであつて、もとより、従業員所有の自家用車を社用に使用したことのないことは勿論、従業員に対し、自家用車通勤を指示ないし奨励したこともなく、その保管、使用に関し、賃借駐車場に駐車することを認める以外、何らの便宜を与えたこともないことが認められる。

したがつて、被告舩木が通勤のために自家用車である加害車を使用していたのは、他の交通機関による通退勤は、十分可能であるにもかかわらず、同被告の個人的な便宜によるものと認められるのみならず、事故当日の被告舩木の行動をみても、前記認定のとおり、自らの判断で所定の人庫時刻よりも遅れて被告会社に戻り、労働組合が運営しているソフトボール部の練習に自発的に参加した後、自宅に帰るべく加害車を運転していたことが認められ、これらの他、先の認定に現われた諸般の事情を併せ考えると、被告会社が、本件事故当時の加害車について、運行の支配やその利益を有していたと認めることもできず、また、同被告の運転行為が被告会社の事業の執行につきなされたものと認めることも到底できないといわなければならない。

以上のとおりであるから本件事故に関し、被告会社には、自賠法三条ないし民法七一五条に基づく損害賠償責任があるとの前提に立つ原告らの被告会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当である。

三  損害について

1  勝彦の損害

(一)  逸失利益 三〇五三万八五五七円

前記甲第八号証、成立に争いのない同第一四、第一五号証、原告宋玉子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、勝彦は昭和一三年四月一三日生(事故当時四一歳)で、同五一年ころから同五四年一月ころまで鳩タクシー株式会社にタクシー運転手として勤務し、同五三年には三三二万九四七五円の年収を得ていたが、急性肝炎で入院し、同五四年五月三一日に退院した後もタクシー運転手として稼働することはできない状態であつたため、二か月余り自宅静養ののち、同年七月に鳩タクシーを退職し、同年八月一日から大阪府東大阪市内の朝鮮第二初級学校に事務員として勤務するようになつたところ、最初の給与の支給を受ける前に本件事故により死亡するに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告らは、昭和五三年の年収額を得べかし収入額算定の基礎とすべき旨主張しているけれども前記認定事実によると、勝彦は健康を害してそれまでの勤務先を退き、新たな職を求めるに至つたもので、転職先の職務内容そのものも比較的軽い事務労働であると認められることのほか、一般に中年に達した者が再就職する場合には、その収入は、特別の事情のない限り、従前のそれよりも低下することが多いと考えられること等をも併せ考えると、原告らの主張額をそのまま採用することはできない。

したがつて、これらの諸事情に照らすと、勝彦の将来の収入見込額は、控え目にみるほかなく、原告らの主張額の八割程度とするのが相当である。

そして、勝彦は、本件事故に遭わなければ六七歳までなお二六年間就労可能であり、その生活費は収入の三割と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり、三〇五三万八五五七円となる。

(算式)

三三二万九四七五×〇・八×(一-〇・三)×一六・三七八九=三〇五三万八五五七円(円未満切捨て。以下同じ。)

(二)  慰藉料

本件事故の態様、その結果、勝彦の年齢、その親族関係、その他本件に現われた諸般の事情を考察すると、同人死亡に伴う精神的苦痛を慰藉するには一三〇〇万円とするのが相当である。

(三)  相続

勝彦が韓国人であること、原告玉子が勝彦の妻であり、その余の原告らがいずれも勝彦と原告玉子の間の実子であること、勝彦には他に直系卑属がないことは原告と被告舩木との間に争いがない。

また、前記甲第一五号証、成立に争いのない同第一六ないし第一九号証、第二〇号証の一、二、原告玉子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、勝彦は、我国において、原告玉子と結婚し、昭和四六年九月二八日婚姻届を東大阪市長に提出して受理されたこと、その後勝彦、原告玉子間には、昭和四六年一〇月一日長男原告鮮一、昭和四八年八月二日長女同順姫、昭和五一年六月三日二女同英美が出生したことが認められる。

ところで、韓国人である勝彦の死亡に伴う相続については、法例二五条に従い大韓民国法が適用されるべきところ、同国民法によると、(1)戸主相続においては、被相続人の直系卑属男子が第一順位の相続人であり、同順位の直系卑属が数人あるときは最近親の年長者を先順位とすること(同法九八四条、九八五条)、(2)財産相続においては、被相続人の直系卑属が第一順位の相続人であり、同順位の相続人が数人あるときは最近親を先順位とし、同親等の相続人が数人あるときは共同相続人となること(同法一〇〇〇条)、(3)直系卑属が財産相続人となる場合には、被相続人の妻はこれと同順位で共同相続人となること(同法一〇〇三条)、(4)財産相続の相続分については、<イ>同順位の相続人が数人あるときは均分とするが(同法一〇〇九条一項本文)、<ロ>財産相続人が同時に戸主相続人となる場合には固有相続分の一・五(同法一〇〇九条一項但書)倍、<ハ>妻が直系卑属と共同相続人となる場合には同一家藉内の直系卑属の相続分の一・五(同法一〇〇九条三項)倍とすることが、それぞれ定められている。

そして、右相続について適用される右各規定に照らすと、前記認定のとおりの事実関係の認められ本件においては、勝彦の長男である原告鮮一は、戸主相続人を兼ねた財産相続人として一〇分の三の、その余の子である原告順姫、同英美は、各一〇分の二の、妻である原告玉子は、一〇分の三の相続分をそれぞれ有することになる。

したがつて、原告らは、前記逸失利益、慰藉料相当額の損害賠償請求権を、右の各相続分に従い、相続したことになり、その結果、原告玉子、同鮮一は、各一三〇六万一五六七円、同順姫、同英美は、各八七〇万七七一一円の各債権を取得したものと認められる。

2  原告宋玉子固有の損害 七〇万五七六〇円

原告玉子が勝彦の本件事故による傷害の治療費として二〇万五七六〇円を支出した事実、及び原告玉子が勝彦の葬儀を行い、五〇万円を支出した事実は、原告玉子と被告舩木との間で争いがない。

四  過失相殺について

前記一で認定した事実によると、勝彦にも、被害自転車を運転して本件道路を西進するにあたり、原告玉子の運転する足踏自転車と並進する形で西行第一車線上を進行した点で道路交通法に違反する落度があつたことは否定しがたいけれども、一方、被告舩木の過失は、被害自転車等二台の自転車を事故現場のはるか手前で認めておきながら、その後、居眠り状態に陥り、全く前方の注視を欠いたまま制限速度を上回る時速約五〇キロメートルで加害車を走行させたという重大なものであつて、このような運転方法は、先行する車両の車種、進行方法の如何を問わず事故を発生させる危険をはらむものといえるうえ、もともと本件道路の西行車線は見通しが良好で、しかも、事故当時、交通量も比較的少なかつたことが認められるから、勝彦に前記の落度があるとしても被告舩木においてわずかな注意力により容易に事故発生を回避する措置を執ることが可能であつたといわなければならず、その他本件道路の幅員、事故の態様等を総合勘案すると、勝彦に前示の落度があるとしても、被告舩木の過失と対比して考えるとき、本件事故による原告らの損害額算定に当たり斟酌しなければならない程度の過失が勝彦にあつたとは認め難いものといわなければならない。

したがつて、被告舩木の過失相殺の抗弁はこれを採用するに由ない。

五  損害の填補について

原告玉子が、被告舩木より、本件事故による損害金の内金として八〇万五七六〇円の支払を受けた事実及び原告らが、本件事故に関し、株式会社住友海上火災より二〇一九万三六六円の支払を受けたことについては原告らと被告舩木との間では争いがなく、また、原告らが株式会社住友海上火災より支払を受けた二〇一九万九三六六円をその相続分と同じ割合に分けたうえ、各損害に充当したことは、原告らにおいて自認するところである。そして、原告玉子、同鮮一の相続分は各一〇分の三、原告順姫、同英美の相続分は各一〇分の二であるから、株式会社住友海上火災より支払を受けた二〇一九万九三六六円につき、原告玉子、同鮮一は各六〇五万九八〇九円、原告順姫、同英美は各四〇三万九八七三円をそれぞれ取得し、その損害に充当したものと認められる。

よつて、原告玉子については、前記三で認定した合計一三七六万七三二七円から右填補分六八六万五五六九円を差引いた残損金額は六九〇万一七五八円となり、原告鮮一については、前記三で認定した一三〇六万一五六七円から右填補分六〇五万九八〇九円を差引いた残損害額は七〇〇万一七五七円となり、同順姫、同英美については、各八七〇万七七一一円から右填補分四〇三万九八七三円をそれぞれ差引いた残損害額は各四六六万七八三八円となる。

六  弁護士費用について

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告玉子、同鮮一につき各六〇万円、原告順姫、同英美につき各四〇万円とするのが相当であると認められる。

七  結論

以上のとおりであるから、本件損害賠償として、被告舩木は、原告玉子に対し、七五〇万一七五八円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年八月一三日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告鮮一に対し七六〇万一七五八円及びこれに対する同日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告順姫、同英美それぞれに対し、各五〇六万七八三八円及びこれに対する同日から右各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払義務があるから、原告らの本訴各請求は、右の限度で理由があるのでその限度で正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、また、原告らの被告会社に対する本訴各請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弓削孟 佐々木茂美 孝橋宏)

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